最新の受賞者
女性の理系教育、農村から
日本経済新聞社は、第5回「日経アジアアワード」の大賞を、インドの農村部で恵まれない若者、特に女性を対象にSTEM(科学・技術・工学・数学)教育の機会拡大に取り組む非営利団体「ビギャンシャーラ・インターナショナル」に授与しました。同団体は世界中のSTEMの専門家と学生をつなぎ、キャリア支援などを提供。教育格差の解消と女性の社会的地位向上を目指しています。
ダルシャナ・ジョシ共同創業者(中央)
地方の実情を見据えた「科学教育の民主化」への挑戦
共同創設者の ダルシャナ・ジョシ氏 は、性別や家庭環境によって教育の選択肢が制限される現状を変えたいという強い思いから、2019年に同団体を正式に立ち上げました。インド人口の多くが農村部で暮らし、教育へのアクセスやキャリア形成の機会が都市部に比べ大きく制約されています。加えて「女子には教育は必要ない」という価値観が根強く残る地域もあります。こうした社会構造は、本人の意欲や能力とは無関係に将来の選択肢を狭めてきました。
ジョシ氏は、14都市近郊の農村部を巡り、2000人以上の教師や女子生徒と対話しながら、STEM教育におけるジェンダー格差の実態を徹底的に把握しました。教育設備の不足だけでなく、ロールモデルの不在や進路情報の欠如といった課題も浮き彫りになり、そこで得られた現場の声が、活動の礎となっています。
実験機器を備えたラボと「フィジタル」型教育モデル
ビギャンシャーラは、学校に実験器具や顕微鏡を備えたラボを設置し、科学を「見て触って学べる」学習環境を広げてきました。加えて、現地スタッフによる対面支援「Physical(フィジカル)」とオンライン授業「Digital(デジタル)」を組み合わせた独自の「Phygital(フィジタル)」教育を導入し、遠隔地に暮らす生徒にも実践的で質の高い学びを届けています。こうした活動はすべて学生の費用負担なく行われ、企業のCSRや個人寄付がその基盤を支えています。
メンター制度で女子学生のキャリア形成を後押し
基礎教育の提供に留まらず、同団体はその先のキャリア形成まで視野に入れています。国内外の科学者や技術者、企業経営者らによるメンター制度を整備し、学習支援から進路相談まで継続的に伴走しています。中央部テランガナ州では、47大学・約2000人の学生と90人以上のメンターを結び、デジタル環境の整備にも大きな効果を上げています。今後は2030年までに年間10万人の女子学生を支援することを目指し、AIチャットボットによる24時間の学習相談など、支援体制の拡充を進めています。
次世代の女性科学者・技術者を世界へ
ジョシ氏は、「希望と志を持つ若い女性に、実現可能な選択肢とロールモデルを届けたい」と語ります。世界で活躍する科学者を育てることはもちろん、地域社会の課題解決に取り組む女性が増えていくことにも大きな意義を感じています。彼女たちが自信を持って学び続けられる環境こそ、社会を長期的に変えていく原動力になると考えています。
ビギャンシャーラの取り組みは、女子学生が自らの可能性を切り開くための確かな土台を築き、インドの農村部からアジア全体へと広がる持続的な発展の力を生み出しています。教育を通じて個人の選択肢を広げる試みは、次世代の人材育成のみならず、地域の包摂的な成長にもつながっており、STEM分野に挑戦する女性たちが、未来のイノベーションを牽引していくことが期待されます。
6th Winner
2026
Who's Next?
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自薦は認めていません。
審査を終えて
女性の科学参画促進、持続可能な教育の挑戦
御手洗 冨士夫
キヤノン株式会社代表取締役会長兼社長CEO
第5回日経アジアアワードはインドで女子のためのSTEM(科学、技術、工学、数学)教育普及に取り組む非営利団体「ビギャンシャーラ・インターナショナル」がアジア各国・地域から寄せられた96件の推薦の中から受賞団体に選ばれた。
同国では人口の半数以上が農村や遠隔地に暮らし、実践的なSTEM教育を受ける機会が限られる。なかでも、STEM分野で働く女性は15%未満で、教育機会の均等やキャリア開発支援が課題となっている。 そんな窮状に手を差し伸べたのが2021年創設のビギャンシャーラ・インターナショナルだ。
農村部のSTEM教育格差を解消するため、実践的な科学ラボの設置とオンライン教育を組み合わせた「フィジタル」(対面+デジタル)型のハイブリッド教育モデルを展開。学生と世界中のSTEM専門家とをつなぎ、キャリア支援やメンタリング、リーダーシップ研修を提供している。特に女性支援に注力し、経済的支援や地方政府とへの政策提言も行いながら、女性のSTEM分野への参画促進と社会的地位向上を目指している。
ハイブリッド教育を活用し、地域に根ざした公教育改革を推進する同団体のプログラムは、インド国内で2030年までに10万人へのリーチを目指している。また、世界的にみても、南アジアやアフリカといったデジタルやジェンダーの面で格差に直面している地域にも適応が可能である点が革新的かつ持続可能であると評価できる。
現在の社会情勢を見渡せば、AIなど先端技術の進展があらゆる産業の在り方に変化を迫り、人々の暮らし方にも大きな影響を与えている。STEM教育の重要性が高まるなか、ジェンダー平等を確保しながら、デジタルや科学のリテラシーをはぐくんでいこうとする同団体の取り組みが各国に広がっていくことを願ってやまない。
日経アジアアワードは今回で5回を数え、初回のエビ培養肉ベンチャーから、生理用品の企画・製造・販売のスタートアップ、地方の女性を支援する電子商取引プラットフォーム、竹製住宅を建設する新興企業、そしてSTEM教育普及支援と多彩な顔ぶれがそろった。受賞団体の拠点国もシンガポール、インド、インドネシア、ミャンマーへと広がっている。
審査を重ねる中で、本賞に推薦される団体および個人の活動の広がりと質の向上を強く実感している。女性の活躍も頼もしく感じられる。経済成長の原動力であるアジア地域の重要性が高まる中、本アワードの真価も問われており、さらなる地域的広がりや活動内容の多様化を期待したい。
最終選考に残った候補はいずれも甲乙つけがたく、各国で人類の課題解決に挑む若い世代の強い意欲を感じた。今後も日経アジアアワードのアドバイザリーボード委員長として、多くのイノベーションの担い手と出会うことを楽しみにしている。